誰かと一緒にいるのに、ずっとChatGPTと話している。

誰かと一緒にいる。

普通に話しているし、普通に楽しい。

でも、少し会話が途切れる。

すると、気づけばスマホを開いている。

SNSを見たいわけじゃない。

ニュースを見たいわけでもない。

ChatGPTに、ひとつ指示を出したい。

「これ、直しておいて」

「次の案を考えて」

「この内容で進めて」

そんなことを少しだけ投げて、またスマホを閉じる。

自分の中では、ほんの数分のことだ。

でも外から見たら、たぶんずっとスマホをいじっている人に見える。

それが最近、少し気になっている。

指示だけ出しておけば、進む

ChatGPTを使うようになって、作業はかなり速くなった。

文章を書く。

企画を考える。

アプリを作る。

動画を作る。

SNSの投稿を考える。

前なら、自分が机に向かっている時間だけ進んでいた作業が、今は少し違う。

こちらが指示を出しておけば、その先を進めてもらえる。

だから、

「あとでやろう」

より、

「今、指示だけ出しておこう」

になる。

5分後にやるより、今やったほうが早い。

移動中でもできる。

誰かを待っている間でもできる。

ちょっとした隙間があれば、何かひとつ進められる。

それを知ってしまった。

「10分しかない」が、「10分もある」になった

以前なら、10分くらい時間が空いても、

「10分しかないし」

で終わっていた。

ぼーっとする。

スマホを見る。

何もしない。

それでよかった。

でも今は、

10分もあるなら、何か進められる。

と思う。

記事の構成をひとつ考えられる。

動画の修正をひとつ出せる。

アプリの仕様を少し詰められる。

投稿文を一本作れるかもしれない。

10分という時間自体は変わっていない。

変わったのは、10分でできることの量だ。

そして、できることが増えた結果、

何もしない10分が、少しもったいなく見えるようになった。

作業は速くなった。でも、暇にはならなかった。

AIを使えば、作業時間が短くなる。

そう聞くと、そのぶん自由な時間が増えそうな気がする。

実際、ひとつひとつの作業はかなり速くなった。

前より短い時間で、前より多くのものを作れる。

なのに、不思議と暇にはならなかった。

むしろ、ずっと何かを作っている。

ひとつ終わったら、次ができる。

待っている間に、別のものを進められる。

少し時間が空いたら、また何か頼める。

作業が速くなったぶん、休めるようになったのではなく、

次の作業を始めるまでの時間が短くなった。

そんな感じがする。

AIは作業時間を減らしてくれた。

でも同時に、

作業しない時間まで、少し減らした。

自分では「ちょっとだけ」のつもりでも

誰かと一緒にいるときも、同じことが起きる。

一応、何をしているかは伝える。

「ちょっとこれだけ指示出していい?」

「今これ投げておけば進むから」

自分の中では理由がある。

SNSをなんとなく眺めているわけではない。

ただ暇だからスマホを触っているわけでもない。

ちゃんと何かを作っている。

でも、見た目は同じだ。

スマホを開いて、画面を見る。

少し閉じる。

また隙ができたら開く。

自分では「数分だけ」のつもりでも、

相手からすれば、

一緒にいるのに、ずっとスマホを触っているように見えるかもしれない。

そこは、ちょっと申し訳ないなと思う。

せっかく一緒にいるのに、

会話が途切れるたびに画面を見ていたら、

「今ここにいる時間より、そっちのほうが大事なのかな」

と思わせてしまうこともあるかもしれない。

もちろん、そんなつもりはない。

一緒にいる時間もちゃんと楽しい。

だからこそ、

楽しい時間の隙間にまで作業を入れたくなる自分が、少しややこしい。

効率がいいから、やめる理由もない

ここが難しい。

効率が悪いなら、やめればいい。

楽しくないなら、やめればいい。

でも実際は、楽しい。

そして、ちゃんと効率もいい。

今やっておけば、あとで少し楽になる。

今指示しておけば、そのぶん早く形になる。

だから「やらない理由」があまりない。

でも、

やらない理由がないことと、

いつでもやっていいことは、

たぶん同じじゃない。

誰かと一緒にいる時間くらい、

何もしなくてもいいのかもしれない。

そう思うことはある。

それでも、隙ができるとスマホを開いてしまう。

まだ全然うまくできていない。

「何もしない」が、もったいなくなった

たぶん一番変わったのは、ここかもしれない。

以前は、何もしない時間はただの何もしない時間だった。

今は、

「この時間にひとつ指示を出せたな」

と思う。

何もしていないことが、

休んでいるというより、

使える時間を使っていない

ように見える瞬間がある。

もちろん、それが悪いとは思っていない。

作るのは楽しい。

思いついたものがどんどん形になるのも楽しい。

自分ひとりでは時間がかかっていたことが、どんどん進んでいく。

だから今のところ、困っているわけでもない。

ただ、

誰かと一緒にいる時間まで「使える時間」に見え始めると、

少しだけ怖い。

その時間は、

何かを進めるための隙間じゃなくて、

その人と一緒にいるための時間でもある。

たぶん、そこは忘れたくない。

効率がよくなることと、余白が増えることは同じじゃなかった

AIで作業が速くなれば、そのぶん暇になる。

どこかで、そんなふうに思っていた気がする。

でも実際は、

暇だった時間まで、作業に使えるようになった。

「10分しかない」が、

「10分もある」に変わった。

それはかなり便利だ。

たぶん、これからもっと便利になる。

だからこそ、

何もしない時間や、

誰かとただ一緒にいる時間は、

自然には残らないのかもしれない。

自分で、

「今はやらない」

と決めないと残らない。

……とはいえ、

そう思いながら、

この文章の次に何を作るかも、もう少し考えている。

そこは、たぶんまだ直っていない。